48歳で脳出血。~乗り越えられない試練はない~

48歳で脳出血で倒れ片麻痺となって社会と制度と身体の格闘日記

何かが起こる

試験まで秒読み段階なので穏やかに過ごしたいのですが、今年も無理みたい。
家の全館空調が効かない。
家全体に1台しかなく、家は機密性は高いわけで、それが働いてくれないと蒸し風呂に近い状態になります。
先週はちょっと冷えすぎじゃないと思ってた矢先のこと。冷媒が抜けたのだろうか?配管トラブルか?
少なくとも金曜日まで修理が来ない。
今週はもう試験まで会社に行かないし、愛知県は変異株とともにコロナ患者が増え始めたようで、自宅に籠り作戦は失敗のようです。
さてどう過ごす?
自分だけなら図書館にでも行けばと思うけど、ペットを置いていくのもちょっと気がかりです。
とりあえず手頃な冷風扇をポチッと。
翌日配達で。アマプラってなんだかんだと使ってる。

今週末は

今週末は国家資格の試験があります。
年一回しかない合格率わずか数パーセントの長丁場の難関資格なんですが、何度も壁にぶち当たってきました。
毎年、何かが起こる。コロナなんて典型的な例です。
資格試験って大抵は過去問やっていればよく、独学でやってきましたが、メンタル揺さぶられ失点してしまうような問題で、結局、歯が立たずで、徹底分析して講座も受けて、真面目にコツコツやって、やっとレベル的に備わってきたんですが、ご多分に漏れず今年もいろいろありました。直前も精神が不安定になりそうです。でも、もう言い訳にしたくないんです。模試とかでゴールは見えてます。あとは足元掬われなきゃいいというか、ただただ平常心で試験を受けてくることが大事です。
最近は何のために生きるのかもわからなくなってきてます。何をして生きるかって、あとどれだけ生きるのかもわからない。もうそんな歳になってしまったとつくづく思います。まずは自己肯定感を上げていきたいと思います。

遠くの親類よりも近くの他人

今日、母の安否が確認できました。
母が脳梗塞で倒れ入院後、父の様子がおかしくなり、勘違いの共依存の妹のおかげも相まって、強制退院後、介護の必要な母が心配であったので、時間は作って介護したり、体調や動きなどを観察して訪問医療や訪問看護で状況を伝えたり、医療や介護制度などもこちらが先を見越して調べたり、手筈が整うようアシストしても、全てを悪く捉え、揃って非難してくる始末。どうしたらそういう捉え方、被害妄想になるのかというぐらい。普通に考えれば、他の観点で考えられないのかというほどひどかった。非難してくる人が家族というより赤の他人であればどれほどラクなことか。
これ以上関わると、神経がすり減ってしまうので私の心療内科のドクターからの助言もあり、苦渋の決断で距離を取って一切連絡を取らず、母とは3ヶ月ほど会えていませんでした。
脳のダメージがあり、仕事中も電話してくるぐらい心かき乱されてたのがその連絡もなくなり大丈夫なのかとうなされていた最近でした。

仕事であればパワハラと言われようが、報告がない、なんでこんなことができないのかと怒鳴り散らしているぐらい、最低限のことができない人たち。家族であればなおのこと。情けない気持ちでいっぱいになる。

目の前で起こったことはテレビで見るような他人事なのでしょう。自分の身には起こらないとでも思ってるからか、経験した人の気持ちや行動原理なんてわからないと思います。調べて安全優先、必要なことを言っているのに。
それが家族であることに、自身が精神的破滅を起こしそうでした。
ただの他人であれば、そこまで言うなら関わりませんと相手にしなければいいだけだし、もし自分の身にふりかかったらその時十分味わって後悔してくださいねと思って、いさかいごとを終わらせるだけなのでしょうが、父はその認知の捉え方、言動から判断して、たぶん認知症もしくは老人うつ、介護うつと疑っており、母の介護自体が危険水域に入ってしまうので、手遅れになるのももう時間の問題と思っていました。

今日母の友人とお会いすることができて、近況を聞くことが出来ました。もう寝たきりになってしまってないか衰弱しているのではないかと思ったのですが、自宅近くのスーパーへ車イスを押して買い物に連れて行ったよって。デイサービスでの過ごし方もお風呂入れてもらえるのが楽しみになったと自分から話しているようで、少し安堵しました。もちろん脳梗塞のダメージは残っていると思います。入院時も友人が来たりすると元気になったりしていたので、自分の経験上からも最悪の時期を過ごしてるようには思いませんでした。

自分と違って、人づきあいをよくしていた母だけに、よい友人に恵まれたのかもしれません。
遠くの親類よりも近くの他人というのは、身につまされる言葉です。そういえばリボーンして7年間、自分は旅がてら学生時代の友人に会いに行ったりしたものでした。あの時この世を去っていたら、決して誰にも知られず再会できなかった人たち。自ら行動することがこれからの道を切り開いていくのだと思います。

久しぶりによく眠れそうな気がします。

リボーン7年

暑い日が続きますね。学校は夏休みですね。
いつしかセミの合唱が聞こえてきてます。
2018年7月。倒れた日から7年が経過しています。
あれから再発しないまま生きています。
この7年は必要だったのか。

生きるとは何かを突きつけられているようです。
正直言って、この7年間。存在しなくてもよかった。その方がラクだったと思うこともあります。存在したからこそ、見えてきたもの、得られたものもあります。
生きてるだけで丸もうけと思いたいけど、辛いことを思い出すと、もうけにはなってないかもと思ったり。

極限を経験しない人にはわからないかもしれない。発症から社会復帰しても自分でも明日すら生きてるか不安な日々に見舞われていたのに、いつしか流されて生きてるような感じになっている。人間って忘れてしまうもの。周りも気にせず自分の事しか考えられなくなってしまうもの。

孤立しても、それはそれでしんどいのだけど、誰とも関わらず生きていければ、そういう生き方をしてみたいとも思う。

とりあえず再発したとしても、ここで終わったとしてもやり残したことというか、この世に悔いは残してないようにも思う。その日が来たとしたらやっと来たと安堵してるような気がします。

変なこと書いたかもしれないけど、
8年目。身体に老いも感じてきてる今、自分や社会の未来へ想いを馳せることができるか。いかにいま、ここを楽しめるか、これがテーマな年になると思っています。

夏バテ気味かも

体調は下降線です。
週末だからなのか、たまたま週末なのかはわかりませんが、朝起きられなくなりました。
睡眠のリズムが悪くて中途覚醒を起こしています。
家に篭っているので、暑さが影響しているとは思えないのですが、起き上がるという意識が出てきません。
平日の疲れが溜まっている、資格試験の学習が睡眠リズムを悪くしているのかも。
メンタル的に不調である、お薬も最近、飲んだ後眠くなるというのも、思いつくところはいろいろありますが、特定して改善できるというところはないし。
休める時は思いっきり身体を休めるということで調整するしかないですかね。
どうしてもこの夏を乗り切りたいです。

ようやくコンポスト

今週のお題「最近やっと〇〇しました」

暑いので外にいるのは大変。蚊もいるし。
色々惑わされる時に、夕方などに草刈りや枝切りしてました。梅雨明け前は雨がよく降り、晴れる日は陽射しも良いので、庭の雑草が伸び放題。膝下まで生えてたり、夏の間放置すると草むらになってしまうのではないかと。汗だくで抜いてました。(抜いた方が早いぐらいなので)玄関の木も伸び放題でちょっとふっくらしすぎてきて、枝を切っていきました。
もうめちゃくちゃ暑いので、切った後は放置。
水分を飛ばして量を減らす作戦。(というより余力なし)
数日放置しただけで、この暑さで茶色に変わるくらいです。
ゴミ袋に入れて処分するのもいいのですが、コンポストで土に返そうと思って、ポチッと57リットルの布製容器を買っいました。が、すぐ届いたものの分解を促す素の土がない。
時に経つのは早いもので庭も玄関もなんか散らかしただけみたいに。
今日は通院の日だったので、帰り道、100均に行きました。いつものところのショップでなかったせいか園芸用のコーナーが少ない。しかも一品あたりの量もあまりない。種類もない。
腐葉土と油カスがあればなんとかなるだろうと買って、蚊の襲来に耐えつつ、抜いた草の分は収容しました。藁を片付けたみたいに土になるのか心配です。。
こんなダラけたような生活も疲れる。だいたい放置してしまう。時は流れていく。
充実って感触。遠ざかってる気がします。

コインランドリーか。変化を感じる。

新しい洗濯機が昨晩到着し、引き取り、設置してもらいました。
えっ、こんな大きいの購入したっけ?
最大寸法合わせて買ったのですが、前のものが、デザイン的に斜めドラム式洗濯機というもので、今ドラム式洗濯機で主流の箱型っぽくないものなので異様に圧迫感ありました。
斜めなので、節水になるし、出し入れしやすいって売り出していたのを思い出しました。今の自分の不自由なカラダには合っていたのだろうなと思います。
大抵こういう新参者には悪いところが目についてしまいます。
早速、洗い物が溜まっていたので、予約設定、洗い、乾燥など運転させてみました。
電気単価の安い、夜間運転してもらえばよいので
そう設定したのですが、何やら早めに動き出しました。めちゃくちゃ時間かかりそうって心配になるも、今朝見てみると、ふんわり仕上がり。
まるでコインランドリーでした。
我が家の洗面、洗濯室はコインランドリーみたいになってしまいましたが、大満足です。
購入時はよくわからず予算オーバーと思ってましたが、いいものを長い目で見てちょっと奮発しましたって感じでよかった。
洗濯機は結果が目の前で出ないので、比較できないのが難しいですね。
さすがに当時最先端だったはずの洗濯機から20年近くを経て、今はここまでできますというのを目の当たりにして、技術の進歩を感じました。
結果的によかったのかもしれません。

くらしを豊かにというキャッチフレーズを使う企業がかつて多かったけど、平成の失われた云々の時期を経ていても、たしかに豊かになってる。
こういうのがあたりまえという時期に生まれてくる人たちは感じ取ることが難しいのでしょう。

参議院選挙も当日投票は身体に厳しいのでいつもの通り期日前投票に行ってきました。
目の前の対策の話しかされない立候補者や政党は時代や構造の変化を読み取り、もう少し長い目で語ってほしいですね。まるで草サッカーのように国民はボールの方に集まってSNSで騒いでる。

せっかくこの地球に生まれてきたのだから、風や変化を感じながら生きていきたいと思います。